わたしがあの風変わりなお姉さんに出逢ったのは、中間テスト前ゲームセンターだった。煙草を喫いながら、眠たげで疲れたような眼でこちらを見て、笑いかけてきた。
緩んだ口の端だけがきゅっと上がり、猫のように。
その虜になったとか、そんなロマンチックなことではない。
風呂場の天井から水滴が落ち、肩に当たる。
家にも学校にも居たくないわたしに、彼女は家に帰れとも学校へ行けとも言わず、別の場所を見せてくれた。
彼女の見ている風景は、わたしが見ていた風景とはかなり違っていて、少し世界が広がったような気がする。通り過ぎる道の途中にあるもの、行こうとさえ思いつかない場所、そんなところへ連れて行かれた。
古い商店街のゲームセンター、表通りから少し入った場所にあるパソコンショップ、おもちゃの銃や英語のカードが置いてある店。
そういう場所へ行って、劇的に何かが変わったわけではない。お姉さんがわたしに何かを勧めたり、熱く語ったりはしなかった。むしろこちらに結構気を遣っているふうに、さっさと買い物や用事を済ませてくれている。
せっかくのデートだもん。
あのふにゃっとした顔でそう言われた記憶が蘇り、顔が熱くなる。
お姉さんの買い物のあとは軽く何かを食べたり、雑談をしたり、たまには勉強を見てくれたりした。
勉強を見る。とはいっても、お姉さんがコーヒーを飲んだり煙草を喫ったりしている横で、わたしが勝手にノートを広げ、文字通り彼女はそれを見ているだけだが、ちょっとしたミスなどを時々指摘されるので、ひとりでやるよりはかなり効率がいい。
改めて考えると、割とデートっぽいことをしてくれてはいるのかもしれない。
少なくとも、世間で悪いカップルのお手本のように言われる、片方の趣味に延々と付き合わされることもなく、ふたりでいる時間と場所とを大切にしてくれているし、その他にも何だかんだで尊重されている気がする。
女同士なのはどうなのかと思うときもあるが、大学生と中学生という組み合わせが、そもそも際どい。その辺りはむしろ同性だからこそ安心できる関係だ。
だいたい、わたしはお姉さんを恋人としては認識していない。茶化すようにデートと言われ続け、行きがかり上本気にするとかしないとか言ってしまったが、向こうもそれ以来何も言ってこない。だから、あれはわたしがあのとき混乱していたから言ってしまったこと。
向こうからだってそう受け取られているはずだ。
わたしはそう思っている。
ただ、ちょっと感覚がずれたところのある人だから、何となく心配ではある。
ため息をひとつ吐き、気分を切り替えるべくお湯から立ち上がる。
お姉さんに勉強を見てもらっていたおかげか、一学期の期末テストもいつも通りに褒められもせず怒られもしないそれなりの点が取れ、あとは数日後に控えた終業式を待つばかりだ。
椅子に腰掛け、髪を洗うためにかき上げると、煙草の残り香が鼻をくすぐる。
お姉さんの香り。
親にはハンバーガーショップや喫茶店で流れてきた香りということにしているが、あまりいい顔はされない。制服につくとなかなか取れないし、学校で目立ってしまうのはわたしも嫌だ。だから、最近はできるだけ制服を着たままでは逢わないようにしているし、お姉さんも気を遣ってか、学校帰りのときは我慢してくれている。
しかし、今日は試験の答案返却も済んだ日曜日。わたしは当然私服で、お姉さんも気兼ねなく喫えたというわけだ。
少し名残惜しいが、今日のところはお別れである。
シャンプーを泡立てながら、わたしは考える。
髪を洗いながら、わたしは企む。
シャンプーを洗い流しながら、わたしは少し笑っている。
今まではずっと彼女に振り回されっぱなしだった。
次はわたしの番だ。
とはいえ、大したことではない。
大したことではないが、わたしにとっては大冒険だ。
あれこれ考えたり企むほど複雑なことでもないのだが、イメージトレーニングだ。
だからわたしは、リンスをなじませながら、洗い流しながら、企てる。
体を洗い、顔を洗い、流し終え、風呂場を出る。
脱衣場は風呂場ほどではないが、湿っぽい。髪が肌にはりつく。それに少し鬱陶しさを感じながらドライヤーを当てつつ、ふと鏡を見る。
わたしは、笑っていた。
まだ梅雨は明けていないが、あと一週間足らずで夏休みである。
無難に休日中の友達づきあいをして、期日までに決められた宿題を出す。今年の夏休みは、そんないつものものとは少し違ったものになりそうだ。