紙魚達の口伝えにヤンダマキアの箒なる物の話がある。
およそ二フィート半ほどの長さで柄は黄金のヤドリギ、箒には白銀のトネリコを使っており、各々表情が違う七十二の眼が象嵌により描かれているという。
指先に美神が宿ったとまで褒め称えられたヤンダマキアの手によるそれは、彼が天に召されるまでの八十六年間に三十三本が作られ、自らの被造物が散逸するのを極度に恐れていたと云われる彼の死後、様々な者達が工房から持ち出し、その行方はようとして知れない。
その現在でも続く離散の中でも、アレキサンドリア、ベルガモ、ケルススの三大図書館
には半数以上の箒が運び込まれたという。
これはひとえに紙魚の父祖達が努力したたまものであると彼らは伝えている。そしてそ
の伝説は、美しいだけでなく自ら働くことに箒の真なる価値があると云う。
寸暇を惜しまず辺りを掃き、散逸したものをあるべき場所へと戻す神秘をヤンダマキアは箒に授け、それは紙魚達によってまことあるべき場所で使われるようになった、と。
しかし箒の力も戦の時代には無力であった。紙魚達の努力は全て堆積する歴史に埋もれてしまい、僅かに小生のような生き残りが口伝えに伝えてきた書物の断片を書き記すだけである。
今でもアレキサンドリアに残る広大な窖では、ただ一本遺されたヤンダマキアの箒がが
らんどうの館内を掃除しているというが、その真偽を確かめたものはいない。