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Lasciatemi morire!

藤色の緞帳が空を隠している。

夜と朝の、昨日と明日の境――全てが茫としている。

そんな中を私は歩いている。懐かしい道。でも、みんなバラバラになってしまった。この前来た時は一人では無かったし、心もこんなに痛くはなかった。いや、むしろ満ち足りていた。

ふと足を止めてベンチに座る。地面に足を着けず、ベンチの上に体操座りで。窮屈だ、地に足が着いていない。

『まるで、私みたいじゃない――』

ふふっと笑った。何が可笑しいのか。

ベンチの上からは湖がよく見える。深い、昏い群青の水。いつだったか、前に来たときもこんな色だったろうか。思い出そうとしたが、思い出せない。

ぞおっとした。

 大切な思い出が、自分が消えていく。目からが泪が流れ出した。止めようとしても、止めようとしても出てくる。悲しい、哀しい、かなしい、カナシイ。

『何をそんなに、泣いてるの?』

どこからか声がした。頭の上の方だったか、背中からだったか。善く覚えていない。だけど、そんなことはどうでもよかった。ただ、しくしくと泣き続けた。

『楽しい想い出が消えると、かなしいの?』

うん、うん。赤ちゃんみたいにそう応えた。気のせいかもしれないけど私の横に誰かが座ったようだ。でも、どうでもいい。

『そんなに、今がいや?』

厭に決まってる。大切な友達もいないし、苦しいことばかり。それに、幸せだった頃の場所を探しても、思い出が帰ってくるどころか、消えてしまった。何もない――

『いやなら、壊しちゃえばいいよ――』

壊す。何を?私を?

無感情にそう言った。もうどうでもいいから。私が壊れても、どうなっても。

『君の心の、いやなおもいを――』

そうだ、それでいいんだ。

そう思った。ぼんやりと目を瞑る。今までも泣いていたから何も見えなかったのは同じだけど、なんとなく自分の心をイメージできた。

たくさん厭なモノが浮かんでいる。両親、ウソの友達、教師、私に関わるものどもが、全部シャボン玉に入って浮かんでいる。

消えちゃえ。

ぱちん、とシャボン玉が破裂して、それらはあっけなく消えた。ぱちん。ぱちん。

こいつも、あいつも、あれも、これも、それも、みんな、みんな。

ぱちん、ぱちん、ぱちん、ぱちん、ぱちん、ぱちん、ぱちん。

どんどんシャボン玉を壊す。どんどん壊すと、真ん中の方に一番大きなシャボン玉が見えた。ふるふる振るえているせいで、中のモノはよく見えないけど、もの凄く厭な感じがした。

だから、壊した――

ばちん。

暗転。

ここはどこだろう?暖かくて、ふわふわして、とても気持ちいい。外で何か言ってるようだけど、そんなこと関係ない。シャボン玉は全部壊れた。もう厭なものは無い。

満ち足りた空虚の中、心は消えていった。

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